いつでもどこでも前向きに行こう!!

一般的に

 

ものごとの後ろ向きな部分

 

“こうなったっらどうしよう…”

“もしこんな最悪な事態になったら…”

 

のような

心配・不安・怖れの感情ばかりに

着目することを避けて

 

 

ものごとを前向きに進める方向

“大丈夫”

“きっとうまくいく”

“絶対大丈夫”

というような気持ちを

明るく持つ方向に

選択的に意識を向ける…

 

一般的な日本人はこういう

選択的前向き思考が大好き!!

 

日常生活で、スムーズに

生活していくためには

些細なことにイチイチ心配したり

引っかかって行動できないでいるよりは

 

この選択的な前向き思考は

現実的に有用だと思います。

 

…でもしかし、

ヒトの生死が関わっている

場面でいつでもどこでも

前向きにいられるか?

 

どうでしょう?

 

もし、目の前で自分の大切な人が

 

意識が朦朧として

誰が誰だかもわからない状態

 

身体をよじらせながら苦痛に耐えている姿

 

苦しそうに呼吸している

 

いつ止まってしまうかわからない

弱っていく心臓の鼓動

 

いつでもどこでも前向きに行こう!!

それは無理でしょう?

 

こんな状態を目の前にして

『とにかく前向き!絶対大丈夫だから!』

 

そんなスタンスではいられない。

 

もしそのような方がいるとしたら

 

“ 精神的混乱による遮断または拒絶 ※ ”

であることが推測できます。

 

(※あまりにも事実がショックで

物事を冷静な思考的処理ができなくなったり、

事実を否定するとで自分を困難な状況から

遠ざける自然な心の動き。)

 

意識的に不安を遠ざけるために

“ 前向き思考 ” を選択した場合

前向きに感情を振った分、振り子のように

後で同じ強さの“不安”が襲ってきます。

 

 

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ヒトの生死の場面では

中途半端な前向き思考は

一切不要。

 

日常では役に立つ前向き思考

それが一切役に立たない

非日常を体感する場が

ヒトの生死が関わる空間だと思います。

 

前向思考きも悲観的思考も

どちらも不要

 

必要なのは理解と受容。

 

楽観も悲観もせず

受け止めて

周囲の見守る人間は

やるべきことをやって

ひたすら自然の時間経過を

共に過ごすのみ。

 

辛くても苦しくても

そこから逃げずに見つめ続けるのみ。

 

妙に力が入った祈りは必要無く

見守る人々は各々の心の中で、

ただ静かに生死の境にいる人の

命の平穏を案ずるだけ。

 

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いまわたしは

親族の命の危機に瀕し

 

まさにこの環境に身を置いています。