双葉町から避難してきた友人

私が週二回勤務している

総合病院に

原発事故によって

避難指定区域に指定された

福島県の双葉町から避難してきた

友人が共に働いています。

 

初めて出会った次の日に

震災で被った被害の話や

悲しみや苦しみを

自然に話してくれるようになり

私がグリーフに関して勉強して

いるともご存知ないうちから

職場の片隅で、時に涙を流しながら

溢れる気持ちを話して

くれるようになりました。

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同僚と言うより

大切な友人の話を聞く感覚。

 

とにかくグリーフ(死別・喪失悲嘆)の

話を伺う際には

“心の距離をあけ過ぎて冷たい”

と、感じさせないように

かつ、心の境界線をきちんと

保てるとように心がけつつ

 

“可能な限り至近距離まで近寄る”

そんなスイッチが作動します。

 

グリーフの方は

誰も分かってくれない…という

疎外感を感じやすい。

 

そして

『あなたの気持ち分かります』

というスタンスも良くない。

その体験をした本人しか

分かる筈がないから。

 

あなたの悲しみは突き詰めると

あなた自身にしか分からないのだけれど

可能な限り理解したい!

という姿勢で向きい合います。

 

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先週の勤務の時

基本的に無口な

おとなしくて東北人らしい…

彼女に話をしてもらいやすいように

 

『…もう3年だね』

 

声かけをしました。

 

すると

 

『そうだねもう3年だよね…

でもね、もう3年経つんだから

いい加減しっかりしろ!って

言われたくないのよ…

まだ3年しかたってないし。

3年の割には何も進んでいない』

 

と、言っていました。

 

石の上にも3年と言うけれど

とりあえず3年辛抱すれば

なんとか形になる…と日常的に

日本人たちはその概念を

暗黙のうちに使っているけれど

 

今回の震災の場合はどうなんだろう…

当てはまるのか?

 

彼女は

 

●夫婦で協力して建てた家を奪われた

 

●長年の思い出が詰まった

故郷の地には立ち入ることも許されない。

 

 

●真面目に働いて実績を積んだ

職場を奪われた

 

●自分も含め家族全員の職を失った。

 

●近隣の仲の良い人とのつながりも

途切れた

 

●子供の家族と同居して楽しく暮らす

未来の夢も無くした。

 

 

みなさんはどうだろう…?

これだけのもの失って

3年で完全に立て直せるか?

 

近い将来計画していた未来も

失って…

 

 

未来の希望まで喪失だよ…

それってどんな状態だろう。