ヒトの死は特別なことではない

草花は種を蒔き

芽が出て茎が伸び

葉が茂り花が咲く。

 

そして花は散り

葉も茎も枯れて種が残る。

 

残された種は

また次の芽吹きへ…

 

自然に生きるものは全て

生まれては朽ちて…

を繰り返していく。

 

人間だって同じこと。

生まれて育って

人生を味わいって…

長い短いはあるけれど

必ず命は尽きる。

 

***********

ヒトの生と死の認知は

非常にアンバランス。

 

ヒトが生まれることは

おめでとう!大歓迎で

 

ヒトの死に限っては

“不幸” “忌むこと”

忌むという言葉の意味は

『不吉、嫌って避ける』

ということらしい。

 

原因:生まれた

結果:死ぬ

 

原因と結果の

1対1の対応。

 

なのに

死だけを切り離し

遠ざけるというのは

この部分の認知が歪んでいる。

 

特に

ヒトの死の悲しみで

感情がかき乱されていない

普通の時にはこの関係性に

気付いていてほしい。

 

その下地があって

ヒトの死に接する方が

悲しみがこじれなくて済むから。

 

***********

 

ヒトの死を特別視しているから

それに付随する悲しみも

特別な悲しみになってしまう。

 

本当は感じなくてもいい

余計な悲しみまで

惹起してしまうのだ。

 

ヒトの死とその周辺の悲しみは

大切に扱うけれど

特別視はしない。

 

ヒトが死ぬことは

当たり前のこと。

 

生きている限り当たり前のこと